事例集

症例4腰椎圧迫骨折受傷後に食思不振が続いた86歳女性

Scene1 解答ならびに解説

  • 1)消化性潰瘍、せん妄、疼痛、貧血、低血糖、電解質異常、便秘、薬剤の副作用など。本症例は多く遭遇する骨折後の経口摂取量低下例である。摂食量の低下の原因は、複合的な問題の関連を考慮する。NSAIDs使用中の例にて、摂食量が少ない原因として消化性潰瘍を疑うべきであることは当然だが、その他にも疼痛、嚥下障害、高カルシウム血症、低亜鉛血症、認知障害、代謝性疾患、ドネペジルやファモチジンによる副反応等の考慮が必要である。やせによる義歯不適合、薬剤の影響も忘れてはいけない。【研修カリキュラム1.2. 老年症候群(歩行障害・転倒、認知機能障害、排泄障害、栄養障害、摂食・嚥下障害など)の評価と介入、2.4. 薬物療法の見直しと調整(ポリファーマシーへの介入)】
  • 2)消化器疾患の鑑別のため、腹部所見、便潜血、上部消化管内視鏡、腹部超音波、胸腹部CT等、NRSを使った疼痛評価、GDSによる抑うつ評価、ニ-チャム混乱・錯乱状態スケールを使用したせん妄評価等を行う。血糖の日内変動を確かめる。栄養リスクはスクリーニング・ツールとしてMNA® 3)やGNRI(Geriatric nutritional risk index)4)、MUST 5)を用いて評価する。下腿周囲長(calf circumference; CC)、上腕三頭筋皮下脂肪厚(triceps skinfold; TSF)、上腕周囲長(arm circumference; AC)なども可能であれば測定しておく。
    本例は多発性脳梗塞の合併もあり、嚥下機能の評価も重要である。口腔状況を確認し、診察室にて簡単に行えるRSST 1)、水飲みテスト2)の他、必要に応じ嚥下内視鏡(video-endoscopy)や嚥下造影(video-fluorography)を行い、嚥下障害の原因と型、重症度を評価し、適切な食形態を定める。しばしば「認知症のため」食事が進まないと安易に解釈されてしまうことがあるが、食べない原因が認知症というのは、重症例に限られる。認知症ばかりに目をとらわれず、抑うつの評価も重要である。MNA®等を用いて低栄養の評価を行い、身体的計測を行って、その後のモニタリングにも利用する。GNRIは[1.489 x 血清アルブミン(g/dl)] + [41.7x(実測体重/標準体重)]で算出する。ただし実測体重が標準体重を上回る場合、体重比を1として計算する。基準値は99以上で、92-98は軽度、82-91は中等度、82未満は重度の栄養障害と判定する。本例ではサルコペニアの合併が強く疑われ、筋力と、可能であれば歩行速度、骨格筋量の評価も行っておきたい6)。骨格筋肉量評価にはInBody®などのBIA(Bioelectrical Impedance Analysis)法を用いた計測が簡便である。 【研修カリキュラム1.2. 老年症候群(歩行障害・転倒、認知機能障害、排泄障害、栄養障害、摂食・嚥下障害など)の評価と介入、2.4. 薬物療法の見直しと調整(ポリファーマシーへの介入)、5.2 サルコペニアの診断と介入】

Scene2 解答ならびに解説

  • 1)ロキソプロフェンの減量、中止。エルデカルシトール、カルシウム製剤、血糖降下剤を中止または減量する。歯科医または歯科衛生士の関与・口腔ケア、粥・軟飯軟菜などの食形態調整、栄養補助食品(ONS; Oral Nutritional Supplement)の追加、抑うつのモニタリング・抗うつ剤、鉄、亜鉛製剤処方など。
    疼痛はおさまっているので、NSAIDsは可及的早期に漸減、中止すべきである。入院時、12種の薬剤を内服してポリファーマシーの状態にあり、可能な薬剤は減量・中止を検討する。本例では骨粗鬆症に対しエルデカルシトール、乳酸Caが処方されているが、入院時のカルシウムが高値(補正値11.4mg/dl)のため、それらの中止を考慮すべきである。近年、骨粗鬆症の治療はデノスマブ等の普及から、ビタミンDやカルシウムが併用されていることが多く、腎機能障害を生じ、医原性の高カルシウム血症を見かける頻度が増えている。カルシウムは食思不振に関与するため、忘れず確認する。
    食思不振が続き、貧血の改善が不良な場合は亜鉛も確認する(表1.亜鉛欠乏の診断9))。本例では小球性貧血がありながら、造血がまだ十分でなく、鉄欠乏状態にある。また、亜鉛欠乏が認められており、両剤の補充を行う。「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)も定期的に改訂されており、適宜確認するとよい7)表1. 亜鉛欠乏の診断
    また、口腔状態が不良のため、歯科医の診療、または歯科衛生士の関与が望まれる。食形態を調整し、栄養補助食品を加える。35kcal/kg/日のエネルギー、1.0-1.5g/kg/日のたんぱく質摂取が望ましく8)、リハビリテーションの進行度に応じた消費エネルギーを考慮し、目標エネルギーを設定する。総エネルギー消費量(TEE; total energy expenditure)は基礎エネルギーを消費量(BEE; basal energy expenditure)を用いて、TEE = BEE x 活動係数 x ストレス係数で求められるが、活動係数は2-3METs以上のリハビリテーションを20分程度では1.3、1時間以上では1.3-1.7、2時間以上では1.5-2.0と設定する。低栄養自体が経口摂取低下の原因ともなるため、できるだけ十分な量の栄養摂取が行われるよう配慮する。
    アルツハイマー型認知症に伴うBPSDは認められていないものの、GDS 12/15と抑うつが強いようである。本人の話を聞き、気分障害の評価を行い、必要であれば食欲増進効果も期待し、ミルタザピン等を投与することを考慮する。ドネペジルは副作用として食欲低下を生じる場合があり、その際は減量・中止も検討する。これらの内服調整は一度に行うのでなく、タイミングを分けて調整を行い、副作用や効果について、できるだけ薬剤ごとに切り分けて評価をする。【研修カリキュラム1.2. 老年症候群(歩行障害・転倒、認知機能障害、排泄障害、栄養障害、摂食・嚥下障害など)の評価と介入、2.4. 薬物療法の見直しと調整(ポリファーマシーへの介入)、5.2 サルコペニアの診断と介入】
  • 2)本例では本人および長男夫妻、看護師、ホームの相談員兼ケアマネジャーを含めたACP(Advance Care Planning)が持たれている。「食事が進まない」場合、消化性潰瘍またはがんを疑い、内視鏡検査を考慮するのは標準的プロセスであるものの、高齢患者においては本人の意向を踏まえて診断、治療を進める必要があり、本例においては、認知症の合併が知られているものの、「もうやりたくない」「もしもがんが見つかっても、大きな手術はうけたくない」という本人の意思が再現性を持って明確に示されており、この意思は大きな害を本人にもたらさない限り、尊重されるべきものである。本例においては、侵襲の少ない介入をまず行って、それでも改善しない場合は改めて検討するという手順が妥当と思われる。
    【研修カリキュラム 6.2. 多職種カンファレンスのマネジメント、7. エンドオブライフケアの実践/マネジメント、9. 高齢者に対する侵襲的治療の判断と機能回復】
本症例のキーワード

  • 食思不振、低栄養
  • ポリファーマシー
  • 高カルシウム血症
  • 亜鉛欠乏
  • サルコペニア
  • ACP(アドバンス・ケア・プランニング)
引用文献
  • 1)Geriatric Nutritional Risk Index: a new index for evaluating at-risk elderly medical patients. Am J Clin Nutr 2005; 82: 777–783.
  • 2)日本耳鼻咽喉科学会編. 嚥下障害診療ガイドライン. 2018
  • 3)Guigoz Y. The Mini-Nutritional Assessment (MNA®) Review of the Literature. What does it tell us? J Nutr Health Aging 2006;10: 466-487.
  • 4)Bouillanne O, et al: Geriatric Nutritional Risk Index: a new index for evaluating at-risk elderly. Am J Clin Nutr. 2005;82(4):777-83.
  • 5)Scott A. Screening for malnutrition in the community: the MUST tool. Br J Community Nurs 2008; 13(9):406, 410-2.
  • 6)Liang-Kung Chen, et al. Asian Working Group for Sarcopenia: 2019 Consensus Update on Sarcopenia Diagnosis and Treatment. J Am Med Dir Assoc. 2020;21(3):300-307.e2.
  • 7)厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版). 2020
  • 8)日本静脈経腸栄養学会編. 静脈経腸栄養ガイドライン 第3版. 2013
  • 9)日本臨床栄養学会. 亜鉛欠乏症の診療指針2018. http://www.jscn.gr.jp/ Accessed.