事例集

症例6多病のためにポリファーマシーとなった72歳男性が、転倒と意識消失を繰り返し、半年後、潜在的な神経変性疾患が明らかになった事例

Scene 1ならびに Scene 2 解答ならびに解説

  • 1)本例の老年症候群は、歩行障害、転倒、抑うつ、フレイル、失神、睡眠障害が挙げられる。【研修カリキュラム1.2老年症候群】
    老年症候群とは高齢者にみられやすい症状の総論(症候群)であり、これらを呈する疾患の鑑別診断は個別に必要である。
  • 2)、3)、4)歩行障害を呈する神経学的所見には意識障害、麻痺、下肢の筋力低下、パーキンソニズム、小脳/体幹失調、深部知覚障害がある。その鑑別すべき器質的疾患として脳血管障害、筋疾患、脊椎疾患、パーキンソン病、末梢神経障害が挙がる。必要な検査項目として血液検査、大脳MRI、腰椎Xp,腰椎MRI、生理学的検査(ECG CVRR, 神経伝導検査, シェロングテスト)などが挙がる。
    本例では麻痺、失調はなく、軽度のパーキンソニズムを認めたが歩行障害の原因にならなかった。大脳MRIでは歩行障害の責任病巣を同定できず、筋原性酵素の上昇はなく、歩行障害の原因として①変形性腰椎症による下肢筋力低下 ②糖尿病性末梢神経障害の可能性があり、ポリファーマシーのなかでも③ベンゾジアゼピン系薬剤による筋弛緩作用のよる歩行障害の可能性があった。失神の原因は、ホルター心電図と脳波で不整脈とてんかんが除外され、糖尿病性自律神経障害が鑑別に挙がった。腰椎XpではL45でdisk space狭小化を認め、同MRIではL45の軽度のdisk bulgingのみであり、大腿近位筋優位の筋萎縮を説明できなかった。またMMT4+程度の筋力であれば一般的に歩行障害の原因になりえない。ECG CVRRは低下し, 神経伝導検査ではびまん性に伝導速度の低下を認めた。シェロングテストは陽性であり、自律神経障害の存在は明らかであった。よって糖尿病性ニューロパチーの診断とし、意識消失の原因のひとつと考えられた。しかし振動覚は軽度低下していたが、ロンベルグ徴候は陰性であり、深部知覚はある程度保たれており、同障害を歩行障害の原因と言い切れなかった。【研修カリキュラム2.3.高齢者に頻度の高い疾患の管理】
  • 5)下肢筋力低下に対してPTのリハビリを開始し、薬剤師を介入させ減薬を行った。ベンゾジアゼピン系薬剤(ロルメタゼパム,ブロチゾラム,ジアゼパム)の中止で歩行障害が改善した。また、胃全摘の既往があり、ビタミンB12欠乏による亜急性連合性脊髄変性症が鑑別に挙がったが、大球性貧血はなく血漿B12濃度も正常で除外した。起立時の失神には、弾性ストッキングを用い血圧を測定しながらゆっくり起立させた。
    【研修カリキュラム2.5リハビリテーション療法の理解と連携、2.4.薬物療法の見直しと調整、2.3.高齢者に頻度の高い疾患の管理】
    歩行障害や下肢の筋力低下を認めた場合、安易にサルコペニアやフレイルと診断し、リハビリの適応を考えるのではなく、厳密な下肢筋力低下と歩行障害の鑑別診断が必要である。正しい神経学的所見から障害部位を類推し、障害部位が、侵されやすい疾患を頻度ごとに鑑別する。本例は近医筋優位でびまん性の筋力低下を認めたが、筋原性酵素の上昇はなく、針筋電図で軽度の筋原性変化を認めた。麻痺や失調症状はなく、ベンゾジアゼピン薬の中止による試験的アプローチで歩行障害が改善し、下肢の筋力低下は易転倒のための廃用性筋萎縮と判断できた。結果的にリハビリは有効な改善策となった。また、病歴に目を向けると胃全摘の既往があり、治療可能な疾患である亜急性連合性脊髄変性症の除外は必ず行わなければならない。
    本例の歩行障害は基礎疾患に糖尿病、慢性腎不全、虚血性心疾患あり、二次性サルコペニアと言える。サルコペニアの分類として、加齢以外に明らかな原因がないものを一次性(加齢性)サルコペニアと呼び、二次性サルコペニアの小分類として①活動(寝たきり、不活発、無重力)に関連するサルコペニア、②疾患(重症臓器不全、炎症性疾患、悪性腫瘍、内分泌疾患)に関連するサルコペニア、③栄養(食欲不振、吸収不良、消化器疾患)に関係するサルコペニアがある。本例は、活動、および疾患に関連する二次性サルコペニアと言える。サルコペニアの概念はフレイルと同様に老年症候群、つまり総論として高齢者を捉えた概念である。それゆえ、上記の神経学を中心に鑑別を推し進めてゆく鑑別診断とは位相が異なり、病態を捉える立場が異なることに注意する。廃用性筋萎縮は活動に関連する二次性サルコペニアに相当し、ベンゾジアゼピン系薬剤による筋弛緩作用による歩行障害は二次性サルコペニアの小分類では該当項目がなくなる。これらから考えても高齢者のもつ障害に関する病態の理解とその評価は極めて複雑であることが解る。

Scene 3

その後の経過を示す。眠剤中止のため不眠が出現した。看護師は回想法を用い、元商社マンである患者の意欲を向上させリハビリを促し、夕には照明を調整した。さらに半年後、日中でも傾眠傾向になり、再び転倒を繰り返し、四肢の固縮が明らかになった。レビー小体型認知症(DLB)を疑い、ドパミントランスポータの画像評価(DAT SPECT)ではspecific binding ratio (SBR) が同年代の-2SD以下であった。DLBと診断し、少量のL-DOPAを開始したところ覚醒時間の延長がみられ、さらなる増量で歩行障害は改善した。自宅で妻一人の介護であり、妻へのカウンセリングを行い、訪問介護の導入で負担軽減に努めた。【研修カリキュラム2.1認知症の包括的管理】

解説:全経過から受診当初の患者が持つ病態をレトロスペクティブに考察する。本例では、潜在的にレビー小体型認知症(DLB)が背景にあり、ベンゾジアゼピン系による歩行障害には薬剤過敏性が関与していた可能性が高い。潜在的DLBがあることを知らずに、中枢神経系に作用する薬剤を投与すれば副作用がより生じやすい。また、糖尿病性ニューロパチー(自律神経障害)による意識消失と思われたが、ここにもDLBの関与が考えられる。糖尿病性ニューロパチー、DLBのいずれの場合においてもMIBG心筋シンチではH/M比(心臓縦隔比:heart-to-mediastinum ratio)が低下するが、DLBでなければDAT SPECTのSBRの低下は起こりえない。一般的にDLB診断における検査特異性、感受性はともにDAT SPECTよりもMIBG心筋シンチの方が優れる。本例でDAT SPECTを優先的に行ったのは、上記理由と重度の心血管疾患の既往によるためである。

確定診断
  • #1 廃用症候群
  • #2 ベンゾジアゼピン系薬剤による歩行障害
  • #3 糖尿病性ニューロパチー
  • #4 レビー小体型認知症
  • #5 変形性腰椎症
  • (#6 糖尿病、慢性腎不全、狭心症)
必要であった多職種医療
  • ① 薬剤師介入による薬物調整(ポリファーマシー)
  • ② 理学療法士によるリハビリテーション
  • ③ 看護師による回想法によるケア
  • ④ 看護師による環境調整による不眠対応
  • ⑤ 医師によるパーキンソン徴候の薬物管理
  • ⑥ 医師や看護師、臨床心理士による介護者へのケア

解説まとめ:本例は①老年症候群と判断し、さらに詳細な原因疾患の鑑別診断が必要であった。そのためには②神経学的所見と③画像診断における検査の有用性と限界を知り、高齢者に生じがちな④潜在的な神経変性疾患への洞察が必要である。適切な診断がつかなければ必要かつ有効な治療には至らない。そのためには一般診察、神経学的診察、画像生理検査等による神経変性疾患を含めた幅広い知識と判断力が老年医学専門医には必要なのだ。さらに医師による病態解釈だけでなく、多職種での関わりに留意し患者の日常生活の障害や適応や環境調整、介護者の心理的ケアを高めた社会的かつ総合的な医療構築が求められる。

本症例のキーワード
  • 老年症候群
  • 転倒
  • 意識消失
  • サルコペニア
  • ポリファーマシー
  • 歩行障害
  • レビー小体型認知症
引用文献
  • 1) 日本老年医学会編. 改訂版 健康長寿診療ハンドブック. 実地医家のための老年医学のエッセンス. 東京, 2019, 株式会社メジカルビュー社.
  • 2) 日本神経学会監修. 認知症疾患ガイドライン2017. 東京, 2017, 医学書院.