事例集

症例7後期高齢者の健康診査で問題を指摘され、外来受診した82歳の種々の問題を抱えた地域在住高齢者

Scene1 解答ならびに解説

  • 1)本症例は、後期高齢者の健康診査の結果、体重減少、咀嚼力の低下、移動機能の低下、活動性の低下などが認められたケースである。自覚症状が乏しいが、疾患の潜在を考慮しながら、上記の問題点を踏まえた観察と総合的機能評価を行う。とくに、体重減少は予後不良に至る危険があるため、重視すべき問題としてその原因精査を行う必要がある。また、体重減少が減量を意図して行われたものか否かを確認することは、その問題の本質的な違いを把握する上で大切である。意図しない体重減少であれば、低栄養のスクリーニングを実施する。そして、診察や血液検査(Alb, T-Cholなど)を通して体重減少に関連する問題がないかを評価する。【研修カリキュラム 1.1 CGAの実践、1.2 老年症候群】
  • 2)体重減少をもたらす問題は多岐にわたるため、身体疾患の精査はもちろんであるが、食関連の問題についても多面的に評価する(メモ参照)。本症例では固いものが食べにくくなっていると質問票に回答しているため、口腔の問題(歯周病や齲歯、義歯の有無や適合性など)が無いかについて確認する必要がある。さらに、食事の支度や食材の調達は誰が担当しているか、心理的な問題はないか、あるいは認知機能の問題などが関連していないか、について家族からも情報を得て評価する必要がある。【研修カリキュラム 1.1 CGAの実践、1.2 老年症候群】
  • 3)A氏に見られる老年症候群として、低栄養、身体的フレイル、抑うつ気分が認められる。栄養状態に対しては、さまざまなスクリーニング法があり、Subjective Global Assessment(SGA)やMNA-SFなどの妥当性が示された方法を用いることが推奨されている。身体的フレイルについては、世界的に広く用いられているFriedらの表現型モデルが利用しやすい。これは、①活動性の低下、②握力の低下、③歩行速度の低下、④疲労感、⑤体重の減少の5つの項目を評価し、3つ以上に該当する場合を「身体的フレイル」と判定する1)。1つか2つに該当する場合は「プレフレイル」、1つも該当しない場合は「ロバスト(頑強または健常)」と判定する。各項目の基準は、評価方法や人種差による違いもあり一定していないが、我が国では、FriedらがCardiovascular Health Study(CHS)で用いた基準値の修正版として、日本版CHS(J-CHS)基準が提唱されている(表1)2)。抑うつ気分に関する評価では、GDS-15が用いられており、本症例では15点中11点と高い点数を示した。GDS-15は得点が高いほど、抑うつ気分が強いことを示唆するため、A氏は抑うつ気分が高いことが推測される。なお、GDSは抑うつ気分の高低を評価する方法であり、うつ病の診断をするものではないことに留意が必要である。【研修カリキュラム 1.1 CGAの実践、1.2 老年症候群、4.1 フレイルの診断と介入】

Scene2 解答ならびに解説

  • 1)A氏は身体的フレイルや低栄養などの老年症候群を有しているが、握力についてはAsian Working Group for Sarcopenia (AWGS) 2019によるサルコペニア診断基準3)で示された基準値を下回っていた。管理栄養士による「指輪っか」テスト陽性の情報が加わったことで、サルコペニアの可能性として挙げることが望ましい。また、固いものが食べにくくなったという質問票の回答から、オーラルフレイルの合併も視野に入れる必要がある。さらに、疼痛(腰痛)の問題で生活活動度に制限もあるため、老年症候群としての問題に加えておく必要がある。社会的問題点としては、①うつ病で引きこもりがちな息子と二人暮らしとなっていること、②食材確保のための交通手段に制約があること、③食事準備を自分で行わなければならないこと、④息子による経済的虐待の可能性、⑤社会的交流・活動性の低下(グラウンドゴルフへ参加しなくなったこと)などが挙げられる。【研修カリキュラム 1.2 老年症候群、2.6 栄養療法の理解と連携、4.2 サルコペニアの診断と介入】
  • 2)A氏はフレイル高齢者であり、サルコペニアと低栄養を来していることが強く疑われる。腰痛のため食材購入頻度が低下し、生鮮食料品(肉、魚、野菜など)の摂取量が少なく、エネルギーとたんぱく質摂取が低下していた。このような食事は、筋肉の同化抵抗性(Anabolic resistance:筋タンパク質の同化(合成)反応が低下した)を有する高齢者の筋肉量や筋肉機能の維持には不適切で、サルコペニアやフレイルを助長することが懸念される。
    また、A氏はBMIが19.0kg/m2と痩せ型であり、腰椎の変形も疑われるため、骨粗鬆症の存在を念頭におくことが望ましい。近年、低体重の高齢者では、サルコペニアと骨粗鬆症が合併しやすいことが指摘されており、Osteosarcopeniaという考え方が示されている4)。栄養バランスの偏りは、ビタミンDやカルシムなどの摂取不足を招いていることが推測されるため、評価を行った上で薬剤投与を検討することも必要である。
    咀嚼力の低下については、近年、オーラルフレイルという概念が提案されている。自覚的な咀嚼力の低下をはじめ、歯牙の数の減少、嚥下機能の低下、滑舌の低下、舌圧の低下、客観的な咀嚼力の低下の6項目中、3項目以上に該当する時にオーラルフレイルと診断する。オーラルフレイルは、サルコペニアや身体的フレイル、要介護状態への身体機能の増悪にも影響することが報告されているため、口腔機能を維持する口腔・嚥下体操を取り入れることも検討すべきである5)【研修カリキュラム 1.2 老年症候群、2.6 栄養療法の理解と連携、4.1 フレイルの診断と介入、4.2 サルコペニアの診断と介入】
  • 3)治療計画として、①経済的な問題について息子から情報収集、②食材入手方法について検討、③経口的栄養補助(ONS:Oral Nutrition Supplementation)の利用、④バランスの取れた栄養のためのメニューを提供する(経済面、食材調達の難しさなどに配慮した、食事摂取の工夫について具体的に説明)、⑤グラウンドゴルフに参加できるように配食サービスの導入も検討する、⑥筋肉量の評価を行う、⑦腰痛の程度によっては、精査および鎮痛剤の投与を検討する、⑧息子のうつ病に対する支援などが必要である。このため、ソーシャルワーカー、精神保健福祉士(Psychiatric Social Worker: PSW)、地域包括支援センター、管理栄養士との連携が必要である。さらに、オーラルフレイルの可能性を視野に入れ、歯科医師との連携も考慮することが望ましい。なお、本事例では骨粗鬆症の基準には該当しなかったため、薬物治療は行わず栄養・生活指導を行った。【研修カリキュラム 2.6 栄養療法の理解と連携、4.1 フレイルの診断と介入、4.2 サルコペニアの診断と介入、4.4 地域資源を利用した介護予防介入、5.4 多様な医療環境や介護環境での医療・ケアのマネジメント、7.エンドオブライフケアの実践/マネジメント】

表1. 改訂日本版CHS基準(改訂J-CHS基準)
Satake S and Arai H. Geriatr Gerontol Int. 2020; 20(10): 992-993

【メモ】フレイルの多面的要素と食行動(図)6)

 本ケースのA氏は、妻の入院という環境変化に伴う食行動の悪化から、身体機能が増悪したフレイル高齢者であった。このようなフレイル高齢者では、身体面、精神心理面、社会面の多面的な問題から、低栄養に拍車をかける食生活の問題が積み重なりやすい。栄養問題は、健康寿命の延伸にかかわる修飾可能な要因であり、運動や活動性の増進とともに留意が必要である。

フレイルの多面的要素と食行動(図)

本症例のキーワード

  • 後期高齢者の健康診査
  • 簡易栄養評価(Mini Nutritional Assessment-Short Form: MNA-SF)
  • 低栄養
  • 身体的フレイル
  • 日本版CHS(J-CHS)基準
  • Asian Working Group for Sarcopenia (AWGS) 2019によるサルコペニア診断基準
  • 指輪っかテスト
  • 筋肉の同化抵抗性(Anabolic resistance)
  • Osteosarcopenia
  • オーラルフレイル
  • 虐待
引用文献
  • 1)Fried LP, Tangen CM, Walston J, et al. Cardiovascular Health Study Collaborative Research Group: Frailty in older adults:evidence for a phenotype. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2001; 56(3): M146-M156.
  • 2)Satake S, Arai H. The revised Japanese version of the Cardiovascular Health Study criteria (Revised J-CHS criteria). Geriatr Gerontol Int 2020; 20(10): 992-993.
  • 3)Chen LK, Woo J, Assantachai P, et al. Asian Working Group for Sarcopenia: 2019 Consensus Update on Sarcopenia Diagnosis and Treatment. J Am Med Dir Assoc. 2020; 21(3): 300-307
  • 4)Huo YR, Suriyaarachchi P, Gomez F, et al. Phenotype of osteosarcopenia in older individuals with a history of faling. J Am Med Dir Assoc. 2015; 16(4): 290-295
  • 5)Tanaka T, Takahashi K, Hirano H, et al. Oral Frailty as a Risk Factor for Physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2017; 73(12): 1661-1667
  • 6)木下かほり. フレイル予防のための栄養とは. 「フレイルのみかた」(荒井秀典編), 中外医学者, pp62-68, 2018