事例集
症例8速に認知機能とADLの低下を認めた81歳女性の手術適応について、心臓血管外科からコンサルトを受けた事例
Scene1 解答ならびに解説
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1)老年内科医として高齢者の手術適応について助言を求められた場合、決して暦年齢(実年齢)で治療方針の判断をしない。まずは患者の全体像を把握するために、高齢者総合機能評価(CGA)として、認知機能検査(HDS-R, MMSE)、ADL 評価(Barthel index, 手段的ADL)、老年期うつ尺度評価(geriatric depression scale 15: GDS15)などを行い、総合的に判断する。また、このようなケースではClinical Frailty Scale(CFS)の活用も検討すべきである。TAVIの適応についてのCFSの有用性が示されており、判断基準の1つとして使用できる可能性がある。【研修カリキュラム、 3.4. 高齢者に対する侵襲的治療の判断】
本症例のように、専門診療科では専門領域以外についての情報が不足している場合が多い。今回の症例でも手術の可否に対する極めて重要なプロブレムである認知機能やADLの情報が不足しており、まずはこれらの情報収集を行う。患者本人からの情報を得ることが難しい場合には、看護師、ケアマネジャー、家族など多職種から情報を収集し、必要であればかかりつけ医に情報提供を依頼する。本症例においても、現状では、基本的ADLが低下しており、高度認知症と判断できる。【研修カリキュラム、 2.1. 認知症の包括的管理】
また、急激な認知機能やADLの変化を認めるような場合には、現在の状態だけでなく、その経過が重要である。本症例では、半年ほど前に比較的ADLは保たれ、軽度認知障害レベルであったA氏のADLがあまりにも急激に悪化しており、この原因を認知症の自然経過のみとしてよいのか、あるいは可逆的な原因が存在するのか、慎重な判断が必要である。ASの進行や入院による廃用症候群などの身体的な原因や、この際追加された薬剤が原因で、せん妄やうつ、BPSDの悪化などを引き起こし、認知機能やADLが低下しているのであれば、これらへの介入によって、高齢者の認知機能やADLが改善することは、しばしば経験することである。高齢者診療においては、ポリファーマシーの可能性を常に念頭に置き、入院の機会は、処方を適正化する良い機会と捉えることが大切である。【研修カリキュラム、2.4. 薬物療法の見直しと調整(ポリファーマシーへの介入)】
Scene2 解答ならびに解説
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2)本症例では、肺炎の際に導入され、その後投与されていたブロチゾラムを中止したが、認知機能の改善はみられなかった。また、認知機能低下が進行した際にドネペジルが開始されていたが、徐脈との関連が否定できず、処方元のB病院精神科に連絡のうえ一旦中止としたところ、徐脈は改善した。さらに本症例では拒薬があり、実際に内服できないことが多く、緩下剤や消化剤などを徐々に減量していく方針としたが、便秘や腹部症状の悪化は認めなかった。
現状A氏は要介護状態と考えられるが、この半年間の情報を収集し、可逆的な原因の存在を最後まで考慮して、「もう年だからいいでしょう」と過少医療によって高齢者が不利益を被らないように注意する必要がある。本人は、もう一度俳句の会に行きたいと思っているかもしれないのである。仮にA氏のフレイルの進行がASの進行によるものであった場合には、TAVIを行うことによって、ある程度の改善が見込まれ、可能性は低いが再び元の生活に戻れるかもしれない。
一方、心臓血管外科医が説明した手術リスクはあくまで一般的なリスクであり、A氏のような多くの合併症を抱えた患者のリスクはさらに高いことが予想される。また、周術期を経過した後も、血栓予防のための薬を正しく服用できなければ脳梗塞のリスクを上昇させてしまうであろう。さらに、これらがすべてうまくいったとしても、認知機能やADLの低下がどの程度回復するかは不明であり、このまま寝たきりに移行するかもしれない。以上を踏まえて、心臓血管外科医に対して以下の説明を行った。
①多職種の意見に基づく治療方針の決定が必要な症例であること
②認知機能への影響、徐脈への影響、服薬アドヒアランスを考慮し、薬剤調節を実施したこと
③treatable dementiaの所見はなく、ADまたは血管性認知症が進行していること
④転倒リスクが高く、術後の抗血栓薬内服強化に伴う頭蓋内出血リスクが高いこと
⑤本人の意思表出が可能な頃に話していたことから類推して、本人、および家族はいわゆる延命治療は希望していないこと
本症例においては、多職種の意見を参考にしながら、時間をかけて十分に家族に説明する必要があることから1)、手術リスクに関する意見について心臓血管外科医と、認知機能やADLの見通しについて担当看護師や理学療法士と、服薬アドヒアランスや服薬支援について薬剤師と相談した。介護支援専門員(ケアマネージャー)には電話で現状の報告を行い、生活環境についての情報を得た。以上を踏まえて、心臓血管外科医同席のもと、長男夫婦に説明し、最終的にTAVIを施行しない方針となった。【研修カリキュラム、5.2. 多職種カンファレンスのマネジメント】
TAVIを施行しない場合、心不全に対しては薬剤での治療方法は対症療法でしかなく、増悪時には症状の改善が難しいため、直ちにACP(advance care planning)を開始すべきである2)。本症例の場合、医学的なサポート以上に介護によるサポートが中心になると考えられるため、ACPファシリテーターの役割をケアマネジャーに依頼するのが良いであろう。【研修カリキュラム、7. エンドオブライフケアの実践/マネジメント】
本症例では、心臓血管外科医からは緩和ケアとなる旨説明され、老年内科医からは家族内で方針を相談するように依頼し、ACPが開始された。退院後の支援について、ケアマネジャーを中心に、医師、看護師、薬剤師、長男夫妻と話し合った。本人の意向はなかなか聞き取ることができなかったが、長男は日頃からA氏が「いろいろな管に繋がれて、ただ生きているだけなのは絶対に嫌だ」と言っていたことを思い出し、老年内科医に無理な延命はしないでほしいことを伝えた。医師は「分かりました。お気持ちを尊重したいと思います。これからも一生懸命診させていただきますから安心してください。カルテにも記載しておきますが、これが最終決定ということではありません。気が変わったら、いつでも遠慮なく相談してください。」と伝えた。
本症例のキーワード

- 認知症
- 老年症候群
- ポリファーマシー
- 術前評価
- 意思決定
- 多職種連携
- ACP
- 臨床虚弱指標
引用文献
- 1)高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 2012年版 日本老年医学会編
- 2)https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/press_seminar/pdf/ACP_proposal.pdf 日本老年医学会「ACP推進に関する提言」


