事例集

症例9かかりつけ医から糖尿病の管理目的で紹介され、高血圧、脂質異常症、肥満症を併せ持ち、多剤投与があるフレイルな85歳の高齢者の事例

Scene1 解答ならびに解説

  • 1)約20年間、糖尿病や高血圧症、脂質異常症などの生活習慣病の治療を継続していた85歳の症例である。元々肥満傾向であったにも関わらず最近体重増加傾向にあり、一方で筋力低下や活動度の減少、易疲労感があることからサルコペニア肥満をきたしている可能性がある。また早朝や空腹時に冷汗を伴うめまいや、入浴後や立ち上がり時にめまい症状が出現しているためこの原因を検討する必要がある。特にここ数ヶ月で3回ほど転倒しているため注意を要する。さらに治療薬が多いことからポリファーマシーの可能性について留意が必要であろう。最近時々飲むのを忘れてしまうこと、さらに家の中に多量の残薬があることは、ポリファーマシーによるアドヒアランス低下のみならず認知機能低下についても注意を払う必要がある。
  • 2)高齢者のめまいやふらつきは転倒の原因となる。高齢者の転倒は、骨折リスクの増大に加えて、生命予後やQOL、ADLに及ぼす影響が大きい。そのため、高齢者のめまいやふらつき・転倒のリスクを評価することがその原因を検討し予防に努めることは重要である。高齢者は加齢により複数の慢性疾患・老年症候群を有することが多く、転倒の原因となる身体的疾患を有することが多い(表1)1)。またその結果として服用薬剤数が増える傾向があり、転倒を起こしやすい薬剤を内服している可能性も高まる(表2)1)。さらにポリファーマシーは転倒のリスクを高めるという報告もあり2)、薬剤増加に伴う有害事象・転倒リスクの増加にも十分留意する必要がある。
転倒の原因となる身体的疾患
転倒を生じやすい薬物例

本症例では過量のインスリン投与に伴う低血糖が早朝や空腹時のめまい症状を、また末梢血管拡張薬であるドキサゾシンが起立性低血圧症を引き起こしている可能性がある。また糖尿病の合併症である自律神経障害もその原因の一つになりうる。ポリファーマシーも転倒リスクを高めるため、薬剤整理も必要な対応となる。【1.2. 老年症候群(歩行障害・転倒、認知機能障害、排泄障害、栄養障害、摂食・嚥下障害など)の評価と介入】【2.2. 高齢者の高血圧症、糖尿病、脂質異常症、骨粗鬆症などの生活習慣病の管理】【4.2. サルコペニアの診断と介入】

Scene2 解答ならびに解説

  • 1)高齢者糖尿病の治療は低血糖や高血糖による急性合併症を防ぎ、現在の生活機能や quality of life(QOL)を維持することに重点をおくこと、さらにCGAに基づいた認知機能やADLの評価に加え、併存症、予後の見込み、嗜好や社会状況など、患者の状態に応じて個別に管理目標を設定することが重要である。重症低血糖は認知症3)、心血管疾患発症、死亡の危険因子となるほか、糖尿病に対する負担感の増加、うつ、QOL低下や転倒・骨折の誘因となることが報告されている。具体的には、「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」に基づき、高齢者ではまず低血糖を避け、そのうえで高血糖を可能な範囲で是正する(表3)4)
    本症例はカテゴリーⅡ、重症低血糖が危惧される薬剤の使用ありに該当し、管理目標値は8.0%未満(下限値7.0%)であったため、インスリンを中止し、肥満の是正やアドヒアランス向上の目的で週1回のGLP-1受容体アナログに変更した。また本症例はCRE 0.72mg/dl、eGFRcr 77.6ml/min/1.73m2と一見腎機能は大きな問題がないように思われるが、シスタチンC 1.24mg/dl、eGFRcysは51.4 ml/min/1.73m2であり、実際には腎機能低下が存在した。高齢者では筋肉量の低下により血清クレアチニンの見かけ以上に腎機能が低下していることが多く、血清クレアチニンのみならずシスタチンCでの評価が有用である。本症例では年齢や腎機能低下時の乳酸アシドーシスのリスクを考慮して、メトホルミンも中止した。
    転倒の原因となる身体的疾患
    高齢者糖尿病の高血圧は糖尿病細小血管症と糖尿病大血管症の危険因子となる。初期の管理目標値は75歳未満の成人では130/80mmHg未満、75歳以上(後期高齢者)では140/90mmHg未満であるが、後期高齢者であっても糖尿病や冠動脈疾患の合併などがある患者では130/80mmHg未満を目指すことが望ましい(表4)。なお、薬剤選択としてはカルシウム拮抗薬やアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)が望ましく、ドキサゾシンなどのαブロッカーは起立性低血圧の原因になるため使用を避ける方が望ましい。

    転倒を生じやすい薬物例
    高血圧治療ガイドライン2019 P.53 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会

    高齢者糖尿病の脂質異常症は糖尿病大血管症の危険因子となる。日本動脈硬化学会の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版(JAS2017)では、糖尿病患者の脂質管理目標値をLDL–C<120mg/dlに設定し、二次予防ではLDL–C<100mg/dlを目標とする(表5)。 65〜74歳ではスタチンによる心血管イベント抑制効果のエビデンスが示されている。一方で75歳以上では、EWTOPIA75 5)やメタ解析のサブ解析からスタチンやエゼチミブを用いたLDL–C降下療法が心血管イベント抑制をもたらすと考えられており、個々の症例の状況に応じて総合的な利益を考慮し対応する。【1.1. 高齢者総合機能評価(CGA)の実践】【2.2. 高齢者の高血圧症、糖尿病、脂質異常症、骨粗鬆症などの生活習慣病の管理】

    リスク区分別脂質管理目標値
    動脈硬化ガイドライン2017 P.77 日本動脈硬化学会編

    また、高齢者のポリファーマシーはアドヒアランスの低下を招き、また転倒や薬剤有害事象を有意に増加させることが報告されている。高齢者ではポリファーマシーの患者が多いこと、また糖尿病はポリファーマシーのリスクが高いことが報告されており6)、高齢糖尿病患者に対してはポリファーマシーに留意した診療を行うことが重要である。また合剤の使用はアドヒアランス向上のためには有用な場合がある。【2.4. 薬物療法の見直しと調整(ポリファーマシーへの介入)】
  • 2)本症例では、サルコペニアに伴う筋力減少に加えて肥満症を合併しており、いわゆるサルコペニア肥満を合併していた。サルコペニア肥満は単なる肥満と比べて手段的ADL低下、転倒、死亡をきたしやすいことが知られており7)、高齢者におけるサルコペニア肥満の治療介入にあたっては、過度のエネルギー摂取量の制限は避け、またレジスタンス運動を行うことにより、骨格筋量や骨量を減らすことなく内臓脂肪を減少させる工夫が必要となる。ただし、糖尿病性腎症が進行した症例では食事療法においてたんぱく質制限が必要となるため、その点には配慮が必要となる。本症例では尿蛋白は陰性であり、サルコペニア予防のため十分なたんぱく質摂取(1.2g-1.5g/kg)を促した。また本症例は骨粗鬆症のリスクが高く、転倒・骨折リスクが高い。そのため、定期的な骨密度の測定を行い、必要に応じて骨粗鬆症に対する薬物的な介入も検討する必要がある。【2.6. 栄養療法の理解と連携】【4.2. サルコペニアの診断と介入】
本症例のキーワード
  • 高齢者糖尿病
  • 低血糖
  • 老年症候群
  • ポリファーマシー
  • 脂質異常症
  • 起立性低血圧
  • サルコペニア肥満
引用文献
  • 1)小川純人 1. ふらつき・転倒 高齢者医療ハンドブック―高齢者医療におけるダイバーシティへの対応 内科 Vol.121 No.4 (2018)
  • 2)Kojima T, et al. Association of polypharmacy with fall risk among geriatric outpatients. Geriatr Gerontol Int. 2011;11:438-444.
  • 3)Whitmer RA, et al: Hypoglycemic episodes and risk of dementia in older patients with type 2 diabetes mellitus. JAMA 301: 1565-1572 (2009)
  • 4)日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会. 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値).
  • 5)Ouchi Y, Sasaki J, Arai H, et al. Ezetimibe Lipid-Lowering Trial on Prevention of Atherosclerotic Cardiovascular Disease in 75 or Older (EWTOPIA 75): A Randomized, Controlled Trial. Circulation. 2019 Sep 17;140(12):992-1003.
  • 6)Noale M, et al. Polypharmacy in elderly patients with type 2 diabetes receiving oral antidiabetic treatment. Acta Diabetol 2016; 53: 323―330
  • 7)Baumgartner RN, Wayne SJ, Waters DL, et al.: Sarcopenic obesity predicts instrumental activities of daily living disability in the elderly. ObesRes 2004; 12:1995-2004