事例集

症例11心房細動,大動脈弁閉鎖不全,高血圧による心不全増悪により,入退院を繰り返している85歳の男性

Scene1 解答ならびに解説

  • 1)本症例においては、虚血性心疾患,不整脈,急性気管支炎などの感染症,不正確な薬剤内服,水分・食塩の過剰摂取,低栄養、下痢などが心不全を悪化させた誘因として考えられる。一般に、高齢者の心不全は、冠動脈疾患(26-32%)、弁膜症(24-28%)、高血圧(18-25%)、心筋症(18-22%)など、多要因からなる場合が多い1)。左室駆出率が保たれている例(HFpEF; Heart Failure with preserved Ejection Fraction)が多いことも高齢者の特徴である。一般に、1)臨床的に心不全を呈し、2)左室駆出率が正常もしくは保たれている、3)ドプラ心エコー法もしくは心臓カテーテル検査で左室拡張能障害が証明されている、の3つを満たす場合、HFpEFと診断されるが2)、欧州の心不全ガイドラインでは左室駆出率40% 以下の心不全をHeart Failure with reduced Ejection Fraction(HFrEF)、50%以上をHFpEFと定義している3)。左室駆出率40%以上の患者のうち、かつて左室駆出率の低下を認めていた患者群はHFpEF improvedと呼ばれ(表)、一般的なHFpEFに比し、予後が良い4)【研修カリキュラム2.3. 高齢者に頻度の高い疾患の管理】

表. LVEFによる心不全の分類
表. LVEFによる心不全の分類

  • 2)高齢者の心不全増悪は、生活習慣病の乱ればかりでなく、新規の虚血性心疾患、不整脈、感染症、貧血、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や甲状腺機能異常が関与する場合も多い。認知症者は自己管理ができず心不全を悪化させやすく5)、うつ病や不安症も心不全の予後不良因子である6, 7)。さらにポリファーマシー、独居などから、水分・食塩の過剰摂取も見られやすく、低栄養や運動不足になったり、正しく服薬ができなかったりする場合も多い。活動が低下することから歩行機能が落ち、利尿薬による頻尿からオムツを使用するなど、ADLがより悪化する場合も多い。薬剤を服用しないことも問題になるが、本例では食事量が低下していながら緩下剤の服用を続け、下痢を生じるリスクも考慮したい。【研修カリキュラム1.1. 高齢者総合機能評価(CGA)の実践、1.2. 老年症候群(歩行障害・転倒、認知機能障害、排泄障害、栄養障害、摂食・嚥下障害など)の評価と介入、2.3. 高齢者に頻度の高い疾患の管理、2.4. 薬物療法の見直しと調整(ポリファーマシーへの介入)】

Scene2 解答ならびに解説

  • 1)心不全は日々の管理が重要である8)。本症例においても、退院後も症状や血圧、脈拍、体重測定などが記録、管理されることが推奨される。日本心不全学会から発行されている「心不全手帳」9)はダウンロード可能で、体調の記録と、心不全管理のポイントを理解するのに有用である。息苦しさや咳、むくみ、めまいや立ちくらみなどの症状のほか、血圧・脈拍、体重、摂食量、内服確認、運動量、可能な場合は飲水量、尿量または排尿回数も記録できるとよい。これらの自己管理を看護師が支援すると、服薬アドヒアランスやQOLが改善する10)
    禁煙、節酒も重要で、周囲で支え、励ます人の存在も大きく関わる。近年、廉価なパルスオキシメーターが市販されており、増悪を早期に発見するため、経済的に余裕があるなら購入するのもよいだろう。慢性疾患ケアモデル(Chronic Care Model)として、体重等の状況により利尿剤の内服を調整するスライディングスケールも試みられており、症例によっては調剤薬剤師の協力も得て、検討してもよい11)。心不全においては悪化時の早期発見、対応が重要であり、事前に対応フローを患者に指導しておけるとよいだろう。【研修カリキュラム2.3. 高齢者に頻度の高い疾患の管理、3.4. 高齢者に対する侵襲的治療の判断、5.1. 介護保険の理解と活用】
  • 2)心不全例においては、肺炎や転倒、感染症など急性疾患を合併する場合が多く、心不全が悪化する前に早めの対応が望まれることもあって、かかりつけ医は不可欠である。定期的な通院が難しい場合、訪問診療も考慮する。適宜、必要なケアや療養指導が受けられるよう,訪問看護サービスの利用も推奨される。至適エネルギー量の設定、食塩制限を踏まえ、本人が準備し、納得できる食事の設定には管理栄養士らによる指導が有用である。家庭における準備のほか、惣菜の購入ポイント、配食サービスの利用、訪問介護を利用した食事準備などを必要に応じて手配し、心不全悪化や食思不振、低栄養の悪化が生じないよう配慮する。また、適切な運動負荷量を設定し、状態に応じたリハビリテーションを、通所サービスや訪問サービスを利用して行うのもよい。血圧や体重など、日々の管理が重要とは言っても、本例のように若い同居者がいない場合、複雑な管理を継続的に行うのは難しいことが多い。新しい機器を使うにあたっては、訪問看護師や、いつもは離れて住む子や孫の協力も得て、まずは一緒に血圧計を測定する、転倒しにくい薄型の体重計を購入し、つかまれる手すりのそばに置き体重計に乗ってみるなど、機器を使えるようになることから始めたい。近年、インターネットを利用した遠隔モニタリングや、ビデオ電話が普及しており、それらを通じた見守り、声かけも有用である。それは計測を忘れないように声をかける、値を確認するというだけでなく、本人のことを心配している家族らがあるということが、本人の意欲を上げることになる。これらにおいては本人を中心とした支援体制、医療・ケアチームが重要であり、包括的な支援が心不全悪化、再入院を抑制することができる。
    在宅生活が困難になれば居住系介護施設を考慮する必要も出て来ようが、在宅破綻に至る前には、適宜ショートステイ利用も考えるなど、地域の介護資源を有効に活用したい。ショートステイ利用期間中、摂取する食事量や血圧、尿量、体重、筋肉量などを確認できると有益であり、レスパイトという意味ばかりでなく、心不全を含めた体調のアセスメント、モニタリングとして利用できるとよい。本例はまだ認知症がみられていない例であり、心不全悪化時にどのように療養したいか、事前にACP(アドバンス・ケア・プラニング)を持ち、備えておきたいものである。【研修カリキュラム2.3. 高齢者に頻度の高い疾患の管理、4.4. 地域資源を利用した介護予防介入、5. 多職種連携におけるリーダーシップの発揮、5.1. 介護保険の理解と活用、6. 地域包括ケア・在宅医療の実践/マネジメント】
本症例のキーワード

  • 心不全
  • 老年症候群
  • 多病(multimorbidity)
  • 低栄養
  • リハビリテーション
  • 在宅療養
  • 慢性疾患ケアモデル(Chronic Care Model)
  • 介護保険サービス
  • ACP(アドバンス・ケア・プランニング)
引用文献
  • 1)Hirakawa Y. Multifactorial Etiology of Heart Failure in Older Adults. Geriatr Gerontol Int. 2017; 17(9):1328-1329.
  • 2)日本循環器学会/日本心不全学会. 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版). 2018
  • 3)Ponikowski P, et al.: 2016 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure: The Task Force for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure of the European Society of Cardiology (ESC) Developed with the special contribution of the Heart Failure Association (HFA) of the ESC. Eur Heart J 2016; 37: 2129-2200.
  • 4)奥村貴裕, 室原豊明. 高齢者心不全―左室駆出率の保たれた心不全を中心に. 高齢者の循環器診療 update 3 日老医誌. 2018; 55:34-40.
  • 5)Dodson JA, et al. Cognitive impairment in older adults with heart failure: prevalence, documentation, and impact on outcomes. Am J Med 2013;126:120.
  • 6)Morgan AL, et al. Difficulty taking medications, depression, and health status in heart failure patients. J Card Fail 12:54, 2006.
  • 7)Lesman-Leegte I, et al. Depressive symptoms and outcomes in patients with heart failure: data from the COACH study. Eur J Heart Fail 2009;11:1202.
  • 8)Jovicic A, et al. Effects of self-management intervention on health outcomes of patients with heart failure: a systematic review of randomized controlled trials.BMC Cardiovasc Disord. BMC Cardiovasc Disord 2006;2;6:43.
  • 9)日本心不全学会. 心不全手帳第2版. 2018. http://www.asas.or.jp. Accessed.
  • 10)Granger BB, et al. Results of the Chronic Heart Failure Intervention to Improve MEdication Adherence study: A randomized intervention in high-risk patients. Am Heart J 2015; 169:539.
  • 11)Prasun MA, et al. The effects of a sliding scale diuretic titration protocol in patients with heart failure. J Cardiovasc Nurs 2005;20(1):62-70.
  • 12)Dunbar SB, et al. Randomized clinical trial of an integrated self-care intervention for persons with heart failure and diabetes: quality of life and physical functioning outcomes. J Card Fail 2015;21:719.