事例集

症例12意識障害と右不全片麻痺を伴った心原性脳塞栓症により緊急入院となった81歳男性に対し、易転倒性や腎機能障害、フレイルにより抗凝固療法の適用について検討を必要とした事例

Scene1 解答ならびに解説

  • 1)本症例は左中大脳動脈の閉塞を伴った心原性脳塞栓症であり、右上下肢の麻痺と構音障害、右半側空間無視の症状を伴った患者であった。心房細動はこれまで指摘されたことがなく、心内血栓による塞栓症が原因と考えられた。歩行速度の低下や体重減少も認めており、発症前よりフレイルやサルコペニアの合併も疑われる状態であり、十分なリハビリテーションを行っても要介護状態からの復帰は厳しいことが予想される。そのため、併存疾患に対する治療のみならず歩行困難や誤嚥リスクなどの機能低下に対する配慮も必要と考えられる。【研修カリキュラム1.2. 老年症候群、2.5. リハビリテーション療法の理解と連携、3.2. 機能の回復、維持を目指した治療の実践】
  • 2)本患者は心房細動を有していることから抗凝固療法の使用を検討する必要がある。心房細動患者における脳梗塞の発症頻度は一般にはCHADS2スコアにより評価されるが、高血圧(1点)、75歳以上(2点)、脳卒中(2点)の合計5点であり、抗凝固薬の使用が推奨される。反対に、HAS-BLEDスコアによる出血イベントのリスク評価では、高血圧(1点)、CKD(1点)、65歳以上(1点)、の3点であり、出血イベントには十分な注意が必要であるが、心房細動患者の脳塞栓症予防に抗凝固療法は大変有用な治療であり、近年ワルファリンに代わるDOACが出血の頻度が少ないとされる。そのため、本患者ではScene1の時点の直後にワルファリンよりも出血イベントの頻度が低いとされるDOACの処方が選択された。【研修カリキュラム2.4. 薬物療法の見直しと調整(ポリファーマシーへの介入)、3.1. 救急疾患への対応】

Scene2 解答ならびに解説

  • 1)A氏は右上下肢の不全運動麻痺と右半側空間無視、構音障害に対してリハビリテーションを進めていく段階で転倒して頭部外傷を負った。幸いに外傷性クモ膜下出血や急性硬膜下血腫などの頭蓋内出血は認めなかったが、A氏の転倒のリスク(脳梗塞による片麻痺)は残存しており、退院後も自宅内での転倒による抗凝固薬継続下での出血イベント発症を完全に避けることは難しい。要介護状態を避けるためにはリハビリテーションにより歩行機能を回復するように努めること、サルコペニアを発症しないこと、さらには転倒やフレイルを起こさないよう疾患や薬剤に伴うリスクを可能な限り排除することが求められる。運動療法は腎機能保護にも有効である(腎臓リハビリテーション)。
    サルコペニア予防に関するエビデンスは限定的ではあるが、身体活動量が低下しないようできるだけ歩数を多く運動2)、さらに多様性のある食事およびたんぱく質摂取(最低でも1.0g/kg適正体重/日)が予防に有効とする報告がある3)。本患者においてもサルコペニアを発症しないよう、適度な運動と十分な栄養摂取が必要である4)【研修カリキュラム1.2. 老年症候群、3.2. 機能の回復、維持を目指した治療の実践、4.1. フレイルの診断と介入、4.2. サルコペニアの診断と介入】
  • 2)転倒による骨折は高齢者の予後に大きな影響を与えるため、その予防は非常に重要である。鳥羽らにより開発された転倒スコアでは、特に重要な転倒リスクとして、転倒歴、円背、歩行速度の低下、杖歩行、さらには5剤以上のポリファーマシーとされている。5) 5剤以上のポリファーマシーは転倒のリスクであり6)、本患者でも疾患治療な有用な薬剤と優先度の高い薬剤を選別し、優先度の低い薬剤については減量あるいは減薬を検討すべきである。
    易転倒性を有しうる薬剤は“fall risk increasing drugs (FRIDs)”とも呼ばれ、服用によりふらつきや認知機能の低下を来たし転倒を誘発することがある。降圧薬による血圧低下やベンゾジアゼピン系薬剤による催眠作用、抗精神病薬による鎮静作用などはふらつきの原因となる7)。特に「高齢者に慎重な投与を要する薬剤」8)に該当するベンゾジアゼピン系薬剤や抗精神病薬などについては、治療効果と副作用の評価を行いつつ、易転倒性を有する高齢患者では可能な限り使用を短期間で終了できるようにするべきである。
    一方、骨折に対し発症抑制効果のある薬剤の導入についての検討も必要である。さらに、抗血栓薬は転倒による外傷を起こした際に大出血を引き起こす要因となる。A氏は脳梗塞の再発予防のために抗凝固薬を服用するが、腎機能低下に注意をしながら出血リスクが比較的少ないDOACを選択することが望ましい。このDOACも超高齢者や要介護高齢者では脳梗塞予防のエビデンスが不十分であることから、身体機能の低下や臓器障害の重症化が見られた場合には抗凝固薬を控えることも検討の余地がある。【研修カリキュラム1.2. 老年症候群、3.2. 機能の回復、維持を目指した治療の実践、2.4. 薬物療法の見直しと調整(ポリファーマシーへの介入)】
本症例のキーワード

  • 多病(multimorbidity)
  • ポリファーマシー
  • 腎機能低下
  • 老年症候群
  • フレイル
  • サルコペニア
  • リハビリテーション
  • 介護保険サービス
引用文献
  • 1)Okumura et al. Validation of CHA2DS2-VASc and HAS-BLED scores in Japanese patients with nonvalvular atrial fibrillation. Circ J 78:7: 1593-1599, 2014.
  • 2)Shephard RJ, Park H, Park S, et al. Objective Longitudinal Measures of Physical Activity and Bone Health in Older Japanese: the Nakanojo Study J Am Geriatr Soc 5:800-807, 2017.
  • 3)谷本 芳美, 渡辺 美鈴, 杉浦 裕美子,ほか.地域高齢者におけるサルコペニアに関連する要因の検討.日本公衛誌 60:683-690, 2013年
  • 4)サルコペニア診療ガイドライン作成委員会.サルコペニア診療ガイドライン2017年版、日本サルコペニアフレイル学会、東京、2017年
  • 5)Okochi J, Toba K, Takahashi T, et al. Simple screening test for risk of falls in the elderly. Geriatr Gerontol Int 6:223-227, 2006.
  • 6)Kojima T, Akishita M, Nakamura T, et al: Polypharmacy as a risk for fall occurrence in geriatric outpatients. Geriatr Gerontol Int. 12:425-430, 2012.
  • 7)Woolcott JC, Richardson KJ, Wiens MO, et al. Meta-analysis of the impact of 9 medication classes on falls in elderly persons. Archives of Internal Medicine 169:1952-1960, 2009.
  • 8)日本老年医学会・日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班. 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 メジカルビュー社 東京、2015年