健康長寿のために急がれる老年科の整備
本会理事長(当時)が読売新聞に寄稿した記事を紹介します。(記事をクリックすると拡大します。)
論点 健康長寿へ「老年科」設置
楽木 宏実
すべての団塊の世代が、後期高齢者となる2025年と、高齢者数がピークを迎える40年は、日本の超高齢化の象徴となる年である。
国は、健康寿命の延伸や医療・介護サービスの生産性の向上を含めた新たな社会保障改革について、国民的な議論が必要としている。
高齢になるほど、多くの病気を抱え、たくさんの薬を飲み、痩せてきたり、訳もなく疲れを感じたりするなど、「健康」を実感できない状況になる。認知症やうつなどにならないようにするため、心の健康も大事である。
人々が願う「健康長寿」とは何か。健康がいくらか損なわれても、それまでの生活を続けることができる、あるいは、たとえ病気が進んだとしても社会の中で自分らしく生活できることであろう。
例えば、80歳を過ぎて、物忘れ、息切れ、時々起きる胸の痛み、背中や膝の痛み、足のむくみを感じる高齢者は多い。さらに、糖尿病、高血圧症、骨粗鬆症、慢性閉塞性肺疾患、慢性心不全など多くの病気も抱えれば、飲む薬は10剤以上必要になってしまう。特に、独り暮らしのお年寄りは、間違って薬を飲んでしまう服薬過誤が起きる可能性が高い。
それぞれの病気に一番良いと思われる治療を選択することは大事である。
だが、それと共に、あるいはそれ以上に大事なのは、日常生活を送る上での問題点を把握し、本人が抱える健康問題に対して適切に指導し、現実的な医療・看護・介護プランを提供することである。
こうした役割を果たすため、高齢者医療において経験を積んだ、かかりつけ医や専門教育を受けた医師が求められている。
米国では、基本的にすべての大学病院に老年科が設置されている。老年病を専門とする資格を持った多くの職種の医療関係者がチームで包括的な診療をしている。
フランスでは、高齢者の生活支援のための長寿に関する法律が整備され、老年医学教育体制の整備に加え、老年科外来、日帰り入院、老年医学サポートチーム、急性期病棟、回復期病院からなる高齢者診療ネットワークが構築されている。
日本においても、老年病に特化した、最初の診療科設置は1962年と古く、専門医制度も88年に始まっている。だが、実際には「老年病専門医としてのスキルを持つ臓器別診療の専門医」として活動している場合が多く、全国的な老年科の整備は不十分である。
地方の高齢化率は既に高い。さらに、今後は、大都市圏でも急速に高齢者人口が増加する。
人々が願う健康長寿を実現するためには、健康な生活を送ることができる体の機能維持に重点を置いた「治し、支える医療」へ、従来の医療の枠組みを変えるパラダイムシフトが必要である。
認知症対策など、地域の医療・介護・福祉が連携するための中核的な役割を果たし、調整や指導も行える専門性の高い医師を育成することは、喫緊の課題である。
2019年(平成31年)3月22日(金曜日)
読売新聞 朝刊