事例集

症例12意識障害と右不全片麻痺を伴った心原性脳塞栓症により緊急入院となった81歳男性に対し、易転倒性や腎機能障害、フレイルにより抗凝固療法の適用について検討を必要とした事例

Scene1

 81歳男性であるA氏は高血圧、慢性腎臓病(CKD)にてかかりつけの病院に通院中であった。2年前に腰部脊柱管狭窄症を指摘されてから両下肢の痛みが出現しており、近隣の整形外科にてアセトアミノフェンやNSAIDの内服による対症療法が行われ経過観察となっていたが、痛みから食欲が低下し、この1年で体重が約5㎏やせており、歩行速度が徐々に遅くなってきている。介護認定はこれまで受けていない。現在の内服薬は、エナラプリル5mg分1朝食後、アムロジピン5mg 1T分1朝食後、セレコキシブ100mg 2T分2朝夕食後、レパミピド100mg 2T分2朝夕食後、プレガバリン75mg 2T分2朝夕食後であった。
 とある日の昼過ぎ、自宅内にて意識障害で倒れ、同居の妻により救急車が要請された。現着時には意識は清明となったが会話はできず、右上下肢の麻痺も認めたことから脳卒中が疑われ、直ちに同病院に緊急搬送された。来院時の意識状態はJCS I-3で、右上下肢の不全運動麻痺と右半側空間無視、構音障害を認めた。受診後に行われた身体所見は、以下の通りである。
 身体所見では、身長161cm(直近の健診より)、体重49.4kg(BMI 19.1kg/m2)、来院時の血圧は 148/72mmHg、 脈拍80/分・不整、であった。胸部聴診では心雑音は聴取されなかったが、心拍の不整が指摘された。呼吸音に異常はなかった。血液検査では、脂質値や血糖値は正常範囲であり、血清Cre値が1.34mg/dLと上昇を認めた(eGFR 40 ml/分/1.73m2, G3b)。神経学的所見では、右半側空間無視があり、発語は殆ど認められない.来院時の右上下肢のMMTは以下の通りであった:右半身で三角筋4,二頭筋4,腸腰筋4,大腿四頭筋4と軽度不全麻痺があり。温痛覚には異常は認められなかった。
 検査所見では以下の通りであった。12誘導心電図:心拍数84/min、心房細動、ほか異常を認めず。胸部レントゲン撮影:心胸郭比 59.2%, 胸水なし、ほか肺野に異常を認めず。
 緊急で行われた頭部CTにて左側頭葉に淡い低吸収域を認め、入院翌日の頭部MRIにおいてもDWIで左側頭葉を中心とした部位にMCA領域の1/4程度の淡い高信号域を認めた。MRAでは左中大脳動脈に途絶が認められた。心房細動は今回の入院で初めて指摘されたが、これらの所見を合わせ、左中大脳動脈領域の心原性脳塞栓症と診断され(その後に行われた頸動脈エコー所見では狭窄やプラークは認められなかった)、そのまま緊急入院となった。
 症状が改善傾向にあったことからt-PAによる治療は施行されず、補液とヘパリンの持続点滴投与、さらにエダラボンの点滴投与が開始された。経口摂取と服薬は中止し、入院翌日には構音障害は消失したが、半側空間無視は改善を認めなかった。入院3日目よりA氏はゼリー食からの経口摂取と身体リハビリテーションを開始し、右上下肢の不全麻痺は残存したものの入院10日後には平行棒をつたってゆっくりと歩行することができるようになり、食事も全粥食をむせることなく食べられるようになった。今後、さらなるリハビリと脳梗塞の再発予防を見据えて、慢性期の治療方針を検討していくこととなった。

Scene1 Questions

  • 1) A氏の脳卒中治療における老年医学的な問題点は何か。
  • 2) 抗凝固薬を使用するにあたり、出血リスクはどの程度であると推定されるか。